生きテク No.118

3度の離婚に心が砕け・・・、友人・息子の言葉から自分の生き方に気付いた。
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■生きテク提供者
名前: happyさん
性別: 女性
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■最も自分に過酷だった状況
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3回の離婚を経験し、

パニック障害、不眠症、うつ病、自傷・自殺願望に苦しみを10年以上経験してきました。

 

一度目の結婚は24歳。

25歳で息子を出産しました。

 

しかし、妊娠中から夫の肉体的暴力に加え、言葉の暴力などを受けました。 

真面目で出世願望の強かった夫は、

帰宅すると仕事のストレスを私にぶつけてきました。

 

夫の暴力を2年半辛抱しましたが、

ある晩、首を絞められ、「殺してやる」と言われたとき、

もうこれ以上の辛抱はできないと感じ、

二歳前の息子を抱きかかえ、お財布ひとつ掴んで友人の家に逃げ込みました。

 

それから別居し、裁判を起こしました。

でも結局、暴力は証明することが出来ず、

5年後に離婚だけ成立しました。 

 

その頃、最初の症状が出ました。

メニエール(※)のような、原因不明のめまいでした。

 

でも、両親の協力もあり、少しずつ回復していきました。

それから、一生懸命働きました。

少なくとも息子だけには、苦労させたくないと思っていたからです。

 

そんなときに職場で二度目の主人と知り合い、一年後に結婚しました。

息子が小学5年生のときでした。

 

ところが、今度は結婚したとたん、

主人は会社を辞め、まったく働かなくなってしまいました。

夫は、毎日家にいてゲームばかりをしていました。

 

生活は私のパート収入と貯金で成り立っていました。

そして、息子を思って一心に貯めた貯金は、あっという間になくなっていきました。

 

その頃、たまっていたストレスから不眠症になりました。

でも働かなくてはいけなかったので、

一睡も出来なくでも働き続けていたら、

不眠症から、精神不安定になり、うつ病になり、病院に通い始めました。

 

リストカットや、眠りたい一心で、睡眠薬を多量に飲んだこともありました。

それでも夫は働きに出ることはなく、

私は仕事を休むことができませんでした。 

 

そしてある日、疲れとストレスが貯まりすぎたのか、夫と喧嘩をしていた時、

それまで自分の中に貯めてきた感情が、一気に噴き出てきました。

その怒りの矛先は自分へと向いてしまい、

発作的に自分で自分の体に熱湯をかけてしまいました。

 

夫は、大火傷をした私の姿を見て、

心配するどころか、あきれた様子で救急車も呼ばず家から出ていきました。

 

私は自分で何とか救急車を呼び病院に運ばれました。

そのことが大きなトラウマとなり、

坂道を転げ落ちるように病気は悪化していきました。

 

本来なら入院加療が必要な重度の火傷でしたが、

それでも夫は働きに出ることはありませんでした。

 

私は息子を育て、三人の生活を守るため、

手足に包帯を巻き、杖をつきながら毎日働き続けました。

 

しかし、見かねた私の実家の家族に説得され、

彼とも離婚しました。

 

そのまま実家に帰るか迷いましたが、

まだ小学生の息子を転校させるのがかわいそうでしたので、

アパートを借りて、息子とまた出直そうと思いました。

 

そこには、知り合いも頼る人もいなく不安な生活でしたが、

よく遊びに来ていた夫の友人が私の病気を治すため、

そばにいて色々助けてくれるようになりました。

 

もう二度と結婚はしないと思っていましたが、

息子も私の実家の家族も賛成してくれたので、約9年間の同棲を経て、

勇気を持って、三度目の結婚をしました。

 

今度こそ、今度こそ幸せになれると信じていましたが、

籍を入れてから、息子が大学に行く頃に、息子の進学をめぐって対立。 

夫婦関係も全くなくなりました。

 

休日のたび出かけて夜中に帰ってくる事もたびたびあり、

浮気をしているのかなと察していました。

 

ある日、仕事中に出先の現場で持病のパニック発作を起こしてしまい、

たまたま一緒に仕事していた職場の男性が救急車に同乗してくれました。

 

病気が会社にわかるとクビになるかもしれないからと、打ち明けると協力してくれ、

やがてその彼に色々悩みを相談するようになりました。

 

その彼は本当に優しくて、私の過去も、病気も、息子のことも、

すべて理解してくれました。

 

暴力は大嫌い、働き者、そして思いやりがあり、

自分より弱い者に優しく出来る人で、私の人生で、

やっとやっと、心から全てを信頼し、全てを打ち明けることのできる人でした。

 

彼はまさに長い間の私の心の穴を埋めてくれるように優しくしてくれ、

彼には何一つ不満はありませんでした。

彼と一緒にいると安心できて、精神的にも落ち着きを取り戻すことが出来ました。

でも、彼も私もまだ当時結婚していました。

 

 

それは、社会的に認められない恋愛でした。

だからたくさん悩みました。

三度目の結婚だから、やはり離婚したくないという気持ちも大きかったですし、

本当に悩みました。

 

悩んだ末、私は、いくら主人と上手くいっていないからとはいえ、

主人を裏切ることはいけないと思い、彼にもそう話しました。

 

私と同様に奥様とうまくいってなかった彼は、

私が離婚したら、自分も離婚すると言ってくれ、

また自分を全面的に信頼していいと約束してくれました。

 

私は、これまでの過去を振り返り、最後の最後、本当の幸せを信じて、

三度目の離婚を今度は、自分の意志で決めました。

 

でも、離婚をした1か月後、彼から連絡がありました。

自分はやはり離婚をすることができないということ、

それから病気を持った私と一緒になりたいと思えなくなったと伝えられました。

 

この人だけは絶対に裏切らないと心から信じていたので、

彼に捨てられたのは私にとって、まさに「絶望」でした。

目の前が、真っ暗になりました。

 



■どんなふうに苦しかったか?
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精一杯、人を信じ、心をつくしたあげく、

手のひらを返されたように、裏切られてしまうことの理不尽さを嘆きました。

 

どうして自分ばかりが、何度も苦しい思いをするのかと運命を呪いました。

そして、病気を克服できない自分は弱い人間だと自分を責めてばかりいました。

 

「絶望」という文字が頭に浮かんできました。

同時に「死にたい」と思いました。

 

不倫という状況もあり、

やはり自分が悪かったということもわかっていましたから、

たった一人で誰にも言えませんでした。

 

自分の弱さと無責任さを考えると、自分が本当に嫌になりました。 

最低の母親だと毎日自分を責め、生きなければと思いながらも、

それでももう一度、頑張る気力は持てませんでした。

 

心も体も疲れ、夜になるとまた、死にたい気持ちが襲ってきました。

そしてある晩、耐えかねて自殺を図ろうとしたのです。

 



■かいけつ!
「これで助かった」という方法は?
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最後の彼とのことを唯一知っていた彼との共通の職場の友人にメールすると

 

「人を信じさせたあげくに裏切るよりも、

一生懸命信じて裏切られた方がずっとマシだよ。あなたは素敵な人」

とメールが返って来ました。

 

そうだ、私は一生懸命に人を信じて生きてきたんだ。

そして、人を信じて生きていくことは、とっても素敵なことなんだと思ったのです。

 

それから、考えが少しずつ変わっていきました。

そして裏切られてきた私の不運さや周囲を責めるのではなく、

信じ続けることのできた自分を評価してあげようと思いました。

 

更に「少しずつでいい、次の日を迎えられれば」と、その友人に言われ、

その言葉で「死にたい」と思うことから開放されました。

 
「母さんの人生は何も恥ずかしいことはないよ、人生は何度でもやり直せるんだよ、それは僕が母さんを見てきて学んだことなんだよ」
そう息子に言われ、その言葉に勇気づけられ、前向きになりました。

 

どうして私がこういう体験をしたのか・・・そう思ったとき、

不思議となにかの使命を感じました。 どこかで聞いた言葉です。

「神様は乗り越えられない壁は与えない。その人が乗り越えられることだから与えるのだ」

その言葉を思い出し、
どうして自分ばかり」ではなく
「自分だから経験したのだ」、と思うようになりました。

私は意味があって、今までの苦労を体験したのだと感じました。

 



■その後。
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ただの経験で終わらせては意味がなくなる。

この経験を世の中の苦しんでいる人のために役立てる必要があるのだと。

そう思っています。

 

夫からの暴力に悩む人も、

人に相談できない恋愛に悩み傷ついている人も、

うつ病、不眠症、精神病で苦しむ人もたくさんいます。

 

私はどれも経験したのだから、その人の苦しみが

手にとるようにわかるようになれた。

これはかけがえのない私の財産のように思えます。

 

今、同じように苦しんでいる人の支えになることが

自分の生きる意味、役割だと気付きました。

自分の経験を後悔するだけでは何も変わらないと思うから。

 

理不尽に思える苦しみの体験も、

大切なものを学んだ素敵な経験なのだと

毎日、自分に出来ることを探して生きています。

 

また、私らしく人を信じてみようと思っています。

 



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