生きテク No.122

外人差別、いじめを受けてうつ病になり・・・
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■生きテク提供者
名前: 乙多見しのぶ
性別: 女性
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■最も自分に過酷だった状況
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私は中国国籍をもった在日2世だ。


見た目は普通の日本人と変わらないし、日本語も支障なく話せる。
普通に道を歩く分には、私を外国人だと思う人はいないだろう。


他者との違いといったら、
私には中国人独特の名字が付いていることだ。


幼少の頃は分け隔てなく遊んでくれた友人も、
小学校
3 年生辺りから、名字や文化などの微妙な違いに気付いたのか
「外人だ」と責めたてるようになった。


ほんのわずかな違い。
そんなものが私の人生を狂わせはじめた。


中学校になるといじめはエスカレートし、
自転車をボコボコに壊さたり、
机を廊下に追いやられたりするようになった。
私には、そんな毎日を耐え忍ぶしかなかった。


いじめられるということが分かっていたから
高校には、行きたくなかった。


それでも「中卒では世の中、生きていけない」
という考えが自分の頭の中を支配して
行きたくもない高校に
無理やり進学した。


すると、
その結果高校に入った途端にうつ病を発病してしまった。
それでも親には、
「外国人が日本にいれば必ず通る道、我慢しろ」
「やられたらやり返せ!」
と、まるで相手にされなかった。



■どんなふうに苦しかったか?
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うつ病だった期間、私は、
無意識に電車や自動車に飛び込もうとしたり、
紐を見つけると自分の首を絞め続けたりと
今思うと当時の私は正気ではなかったと思う。


そしてなによりも、自分の中に流れている血が嫌で、
全身からすべて絞り出してやりたかった。


リストカットは行わなかったものの、
自分のであれ、他人のものであれ
血を見るたび自分の体に流れる血を全部絞り出したい衝動に駆られた。


「死にたい」というより、自分自身を殺してしまいたかった。
中国人としての自分を消してしまいたかった。



■かいけつ!
「これで助かった」という方法は?
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初めは相手にしてくれなかった親も、
食欲も湧かずに栄養失調寸前の状態を見かねたらしく、
どのように辛いかを口論覚悟で話し合い、
私は
精神科に通うようになった。


薬物療法を主とし、
カウンセリングに通うこともあった。


治療の成果があってか、
発作的に車に飛び込もうとする発作は
なかなか治らなかったものの、
次第に自分を消してしまいたい衝動は収まっていった。


時間をおいて冷静になってみると
もし自分が死んだとしても、何もならないことに気付いた。


私をいじめた人たちは、
私が死んでも笑っているだろう。
そんな様子がイメージできた。



死んだら、それで終わり。

しかし、生きることによってなら、

人は変わっていくことができるはず。



その時から、中国人として生きてやろう。
そう決意した。

生きている以上、私は自分の宿命から逃れることはできない。


それを隠したり、逃げるのではなく、
私は中国人のままで、自分自身のままで思いっきり生きていけばいいんだ。

そう私は、腹をくくった。


すると、今までネガティブにしか解釈できなかった、
外国人であるということ自体が
自分の強みにもなっていると改めて気付き、自信が持てた。


例えば、自分には中国語と日本語の二ヶ国語が、
それぞれネイティブレベルで使えるといったことだ。
絶望的だった高校
1年生とは打って変わって、
高校
2
3年は奇跡のように何事もなく過ごした。



■その後。
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中国と日本の関係がこじれることによって、
嫌がらせを受けることがある。


そんな時は、「言いたいだけ言えばいいさ」と
相手にしないことにしている。


日本に住んでいる外国国籍の人々はたくさんいて、
中には理不尽な差別を受けている場合があると思う。
私が受けた傷を、他の外国国籍の人に受けてほしくないと強く願っている。


これから、自分なりにできることをやってきたい。








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