生きテク No.41

借金の取立てで、1人の人間を死に追いやってしまい…
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■生きテク提供者
名前: 名無しさん
性別: 男性
職業: その他
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■最も自分に過酷だった状況
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23才頃、家庭の事情により、地元で就職することとなり、
不本意ながら金融機関に就職したが、
よりによって借金の取立ての担当として
配属されてしまった。

そこで社会、お金の流れの闇の部分を
まざまざと見せつけられた。

ある日、自分が直接関わった人が自殺するという
ショッキングな出来事が起こった。

その時、資本主義社会では、犠牲者が出ても
人間的な感情を捨てねばやってゆけないと
痛烈に感じた。


■どんなふうに苦しかったか?
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自分の仕事は人を死に追いやっているという
罪悪感に苛まれ続けた。

就寝3時間後、
突然、遊園地のコーヒーカップに
乗った後のような感覚に襲われ目が覚めて、
吐く事が重なり、医者に行った。

しかし異常なしと診断され、
納得できず心療内科に足を運んだ。

するとはっきり「うつ病」と診断され、
薬も三種類処方された。薬の量は徐々に増えていき、
仕事への不安から8月末に退職。
9月、10月は最悪の精神状態だった。

仕事を辞めても、ますます苦しくなる一方だった。

自分は生きていても意味が無いのではないかと感じるようになり、
ここで終わっても悔いは無いなどと考えていた。


■かいけつ!
「これで助かった」という方法は?
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かなり生きていく事に限界を感じていたときに
心配してくれていた大学の先輩から
地域興し、町興しのイヴェントがあるが、
参加しないかというお誘いがあった。

現状の危機感を何とかしたいという想いを、
そのイヴェントに賭けてみることにした。

地域興しのイヴェントが行われたのは、
島根県の隠岐島、海士(あま)町。

そこで得たものは自分にとって言葉に尽くしがたいものだった。
島の人達から優しさ、暖かさをこれでもかというほど、
与えてもらえた。自分が存在している、
その事だけを喜んでくれる。
何も求めてこないほど嬉しい事はなかった。

10月、11月、12月と3回島に通った。

地元に帰っていた時のことを思い出せないほど、
島が楽しかった。

年が明けて程なく、自分がやりたい事が明確になった。
自分は幼い時から遠い親戚筋にあたるおじさんから、
週2回、食に関する手ほどきを受けていて、
美味しいものが人を幸せにすると思っていた。

自分が出来ることは、大好きな料理であると、
気付いたと同時期に薬にも頼らなくなった。


■その後。
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結果的にフードコーディネーターという職を自分は選択した。
食の魅力を伝える仕事である。

フードコーディネーターとして世の中を、日本を変えて行きたいと
前向きに考えられるようになった。

それも全ては島の人々の温かさに触れられたことに起因する。

あの島に行ったら、きっと生きる力が沸いて来るはず。
自分のうつは、そこでなくなったのだから。


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