不治の病と知り自暴自棄に。しかし夢を思い出した!
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■生きテク提供者
名前: 名無し
性別: 男性
職業: 正社員
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■最も自分に過酷だった状況
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14歳のころ、病気になり自殺を考えました。
病名は「バージャー病」簡単に言うと血管が詰まる病気です。
その時、先生に言われました。
「この病気はね、完治する可能性は無いに等しい。
それどころか、下手をすれば悪くなるいっぽうです。
通常“ダルマ”と言って体中の血管がつまり、
目が見えなくなり、手足が腐り、
切断しないといけないかもしれません」
もう、目の前が真っ暗です。
母も泣きくずれ、私も「うつ」のようになりました。
何でオレが!何でこんな病気になるねん!!
と何度も何度も…
もう、生きる意味すらわかりませんでした。
■どんなふうに苦しかったか?
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私はもともとスポーツマンで中学の時はバスケット部。
すでに高校も推薦、市代表の選抜まで決まっていました。
しかし、病気で全てが閉ざされてしまいました。
歩く事もできない!
好きなスポーツもできない!
手足がなくなったらどうしよう?
結婚もできないし、子供も…
正直、健康な人を見るのが苦痛でした。
周りの人が「大丈夫?」と
声をかけてくれるのですが、
「お前らに何がわかんねん!!」
と、いつも思っていました。
人生に意味を見出せなくなり、
一時は、表の社会とは違う世界に
足を踏み入れたりもしました。
悪い事は全てしました!!
■かいけつ!
「これで助かった」という方法は?
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でも、ひとりの先生と仲間!!
人との出逢いが、私を変えていきました。
いつも私のことを本気で考えてくれて、
本気でぶつかってきてくれる。
学校に行かない私を毎日家まで迎えに来てくれる!
少しずつですが…私の心が変化してきました。
この人たちに、
私はなにをお返しできるだろう?
そんな中、ふと子供の頃の夢を思い出したのです。
そうだ!自分は昔、料理人に憧れていたんだ。
そして皆を招待できるような店を持ちたかったんだ!
よし、もう一度チャレンジだ!
母や仲間、お世話になった方々を招待するんだ!!
こうなったら、私は本気です!
中学を卒業し、料理学校へ行き、
フランスへ渡り猛勉強!
有名レストランやホテルで修行しました。
そして20歳の時に、
フランス料理店を知人と一緒に
オープンしました!
…ところが、ここでまた病気が悪化。
立ち仕事は断念せざるを得ませんでした。
でも、多くの体験を通し、
知らないうちに私は強くなっていました。
考えました!!
足をなるべく使わない仕事を…と。
そして、車事業の世界に入りました。
今考えると、
人と人の繋がりの素晴らしさを知ったこと、
そして、夢を想う強い気持ちを持ったことが、
私の人生すべてを変えました。
今ではこの病気が一生、私のパートナーだと思えます。
…病気になって良かった!
なぜなら、病気にならなければ、
本気になって人と接する事もできなかった。
人との出会いにも、
これほど感謝する事ができなかったでしょう!
今でも先生と友達は、私の最っ高の仲間です!!
■その後。
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27歳で自動車販売店を設立!
夢を語り合い、ご来店いただいたすべての方がつながる店、
志を持ったスタッフがいる
「感動と出逢いの車屋さん」
を目標に日々本気で取り組んでいます!!
そして確信しました!
自分に降りかかる試練はすべて、
乗り越えられるからやってくるカベ!
人生は、すべて事例づくりだと…
自分は【使命】を感じています。
自分と同じ問題を持ったすべての人を元気にするために。
こんなオレでも夢を持てるんだ!
という事を伝えるために生きています!!!
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