3つのことをきっかけに立ち直ることができました。
1つ目は、ボランティアを始めたこと。
家の近くで特別養護老人ホームのボランティア募集の貼り紙を見つけ、
「こんな自分でも何か役に立つことがあるかもしれない」と、
思い切って応募し、ボランティア活動を始めました。
老人ホームで洗濯した布おむつを畳んだり、
ホームのイベントのバスハイクのときには車椅子を押したり、
近隣の一人暮らしの老人に給食を届けたり…。
給食配達当番は週に一度の担当でしたが、
皆さんとても喜んでくれましたし、とても感謝されました。
「いつも来てくれるのを楽しみに待っているのよ」
と言葉をかけて頂き、
感謝され、役立っている自分をしみじみと実感しました。
バスハイクのときに、一人では歩けないご老人方が
「久しぶりに外の景色が見れた!」「外出できて嬉しい!」
と車椅子で喜んでいる姿を見て、
「自分は五体満足で歩けるのに、
家で寝込んでいる場合ではない」と
思えるようにもなりました。
2つ目は、共通の趣味を持つ友人ができたこと。
好きだった音楽バンドのファンクラブに入り、
そこの会報で「文通友達募集」の広告を見つけました。
息が詰まる毎日の中、共通の話題が持てる友達が欲しいと思ったので、返事が来るかしら?とドキドキしながら手紙を送り、
1人の女性と文通を始めたところ、
その人は、北海道から沖縄まで日本中に100人近くの文通友達がいたので、その女性を介して私にも日本全国に大勢の文通友達が出来ました。
当時はまだパソコンを持っていなかったので、アナログの郵便でしたが、「今度のコンサート、どんな格好で行く?」そんな他愛もない手紙を地方の友人達とやりとりして楽しむことができました。
日常と完全に離れたところで
共通の趣味を持つ友人ができ、
純粋に楽しむためだけの時間を
持てるようになったことで心が和み、
家庭内でのストレスを発散することができたと思います。
3つ目は、カウンセラーの資格をとったこと。
DVとPTSDで鬱状態になっている自分を何とかしなければ、
という思いから、
カウンセリングにかかりたいと思いましたが、
専業主婦の自分には自由に使えるお金がないので
受けることが出来ませんでした。
「自分で自分を救うしかない」
という考えから、
セルフヘルプの本などを読んでいるうちに、
「カウンセラーになる勉強をしたい」
と思うようになりました。
ちょうどその頃、
区が主催する「カウンセラー養成講座」があることを知り、
受講資格である
「区内の老人ホームなどでボランティア活動を行っている人」
という条件を満たしていたので応募してみたところ、
運良く抽選に当たり、
区の資金援助を受けてカウンセラー養成講座に通うことになりました。
心理カウンセラーとして研修を受ける中で、
色々な人の悩みを聞きながら、
自分自身にもたくさんの気付きを得ることが出来ましたし、
自立するキッカケにもなりました。
カウンセラーとして最初のクライアントは主人でした。
主人の機嫌が良い時を見計らって、根気良く対話を続けました。
「俺は悪くない」「悪いのはお前だ!」と
言い張っていた主人が、
ある時、自らの過ちに気が付き
暴力をふるったことことを三日間泣き通して謝り、
子ども達にも謝罪をしてくれたので、
私は心から救われた想いでした。
そこから主人の暴力そのものは収まりましたが、
私の中の恐怖体験のフラッシュバックはすぐには消えず、
怖い夢を見たり不眠が続きました。
今まで暴力を受けていた現場である自宅に居続けることが辛かったので、
しばらく一人でゆっくりと心の傷を癒したいと思い、
「しばらく別居させてほしい」と申し出て、家を出ました。
その後、大勢の人の助けを借りて
少しづつ自分の心を落ち着けることが出来ました。
別居中に主人から離婚調停の申し入れがあったので結局は協議離婚しましたが、
今では貴重な体験と良い勉強をさせてもらった、
と感謝しています。