29才の11月、私は大切な母を手にかけました。
母は死亡しました。
身も心も疲れ果てていました。
3才の時に両親が離婚し、以来ずっと母子家庭。
更年期障害とウツを抱えた母親との生活、
職を転々とし、行き詰った末の結果でした。
中学3年生までは普通の母子家庭でした。
しかし、高校に進学した頃、
母は失業し更年期障害とウツをかかえ、
その当時から
生活保護を受ける事になりました。
大学進学を志望していたのですが、
支援してくれていた叔父が他界し、
私は専門学校に進学する事になりました。
卒業後、私は写真関係の会社に
営業として就職しました。
これで母を支えられる!と思いました。
しかし私は仕事に対する
自分の力量のなさを強く感じ、仕事の継続を断念。
そこから自信を喪失し、
何をやってもうまく行かない人生に。
29才の時、母との心中を計るも、
母はそれを望みませんでした。
私は自らの命を絶とうと北海道に。
しかし、3日でやめた仕事先から
3日分の給料が銀行に振り込まれていました。
それが飛行機代相当だったので、
再び東京に戻ってきてしまいました。
その後、お金が無いにもかかわらず、
誰にも助けを求められなくて、
家賃、光熱費を滞納。
電話、ガス、電気、その全てが止まった時、
もうおしまいだと思い、
結果、母を手にかけました。
私は死にきれず、
その後、九州の刑務所に服役しました。